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今年もありがとうございました。 ・・2005/12/31
    
    サイトをご覧になっている皆様、
    そしてもちろんセッションをお受けくださっている皆様、
    今年も御世話になりました。
    
    今年1年をふりかえっての感想は、
    来年早々のニュースレターに載せたいと思います。
    
    おかげさまで、今年も仕事でたくさんの出会いに触れました。
    来年もひき続き、どうぞよろしくお願い申し上げます。
    
    MARIE SAKAMOTO 2005.12.31
    
    
    
    



サンタクロース ・・2005/12/27
    
    いよいよ今年も、あと1週間足らずですね。
    クリスマスも終わり、あとは、お正月に向けて、バタバタ。まさに師走です。
    お正月は今回は、東京なので、おせち料理を作ります。
    デパートやスーパーも、今は、一番稼ぎ時です。
    それにしても、サンタクロースといえば、子供たちが楽しみにしている日ですね。
    私の姪も小学生ですが、サンタクロースが存在していると思い、
    寝ている枕の横に、サンタクロースに手紙と、
    食べ物を何品か置いている話を聞きました。
    「いつもプレゼントありがとうございます。
    色々な所へプレゼントを渡して疲れていると思うので、
    少し休んで、お菓子を食べていってください。」
    というような文章と、お菓子を枕元に置いているとか。
    朝になり、プレゼントと、お菓子を半分食べた後が残っているので、
    サンタクロースは食べてくれたんだ。
    と喜んでいるそうです。
    毎回、姉が、そのお菓子の半分を取り、食べ残したようにしているとか(笑)。
    
    姪は私の両親にもかわいがられ、私の妹の子供は男の子で、
    同じく祝福を受けて、まだ赤ちゃんですが、
    クリスマスに間に合うように親子ペアの手編みのもの、送りました。
    
    でもそうやって生まれてすぐに祝福を受けている子供もいれば、
    世界を見渡すと、生まれたときから、肌の色による差別や、貧困などから、
    ろくに食べ物を与えられずに、家もなく、かろうじて生きている子供たちがいます。
    スマトラ地震で両親を失った子供のクリスマスに、
    サンタクロースは本当に来ているのでしょうか。
    日本は恵まれています。
    でも物質が豊かであっても、子供大人のような親が、
    育てられずに虐待している子供、親の事情で、施設で育てられ、
    親のぬくもりを知らない子供、帰る場所がなく、
    心の場所がない子供たちがたくさんいて、
    そういう子供たちは、クリスマスをどう過ごし、どう夢を見ているのでしょうか。
    暖房の暖まる家で、美味しい食べ物と笑顔に触れて、
    ゆっくりと安心して眠れるような一日を過ごすことができれば、
    また明日に生きる希望を持てます。
    
    子供には力がないから、その環境から逃げることができず、
    国や家族などによるものから、堪えることしかできませんが、
    逃げられるくらいの年齢になったら、逃げて、
    良い大人に見つけてもらうこと、助けてもらうことです。
    
    そうしてそれを受け止めるのが、私たち大人ですが、
    その大人自身が、無関心になってきて、自分のことでしか頭にない状態。
    
    昨日、50代くらいのスーツ姿のサラリーマンの男性が、
    バックから携帯を取り出し、自分から携帯で電車の中からかけていて、
    ずっと話をしている。
    周りの様子、まったく気にならず。
    最近の若い人たちは。
    などという前に、そういう大人がいるのですから、興ざめです。
    
    サンタクロースには、ゆっくり眠ることさえできない子供たち
    にやってきてほしいですね。
    
    
    



匂ひ ・・2005/12/24
    
    昨日、仕事帰りに、せっかく青山なのだからと、買い物へ。
    
    使っているオーガニック化粧品のお店へ行き、
    添加物を一切含まない、天然の香水を色々と嗅がせてもらう。
    やはり天然の香りは脳にいい。
    
    以前、札幌に住んでいたときに、ほんとうに身体が疲れているときに、
    薬剤師さんにOリングをしてもらって、
    自分に合う漢方薬の調合をしてもらったことがありますが、
    そこの薬剤師さんが、天然のアロマを使った香水も、
    Oリングで私に合わせて作ってくれるので、お願いしたことがあります。
    なるべくなら、高価な香りのほうがお得なので、
    Oリングでもどうかお願いします。
    と願いが入るのですが、実際のOリングでは、意外とチープなアロマが合っていて、
    モウ!と思ってしまい、薬剤師兼、店長さんから、笑われましした。
    
    でも、昨日行きましたお店は本格的で、お値段がとても高い分、
    ワインの年とともに熟す香水で、5年、10年、寝かせて置くと、
    香りが変わっていくようで、ちょうどリリーという「ゆり」が、
    もう製造中止ということで、サンプルを嗅がせてもらいました。
    
    以前、友人がフランスからのお土産でいただいた、練香水。
    好きな香りで、液体ではないので、誤ってつけすぎることもなく、安心。
    
    あと別の友人からは、メトロポリタン美術館で使用されていたという、
    フランスのプロヴアンス製の、シダー(木)のお部屋用のお香も気に入ってます。
    
    残念ながら、なくなってもどこで購入すればよいのかわからないので、
    大切に使います。
    
    それにしても日本人って匂いに敏感ですよね。
    私は、以前「香道」というのを、和裁の稽古の生徒さんが呉服屋をしていらして、
    その方のお店に出向き、そこの店の主人が、お店が火事になったとき、
    着物よりも、香木を持って逃げる。
    という話をしていましたが、それだけ高価な香木がある。
    ということなのでしょう。
    香道は、貴族の遊び?
    だったようで、そのお遊びのルールを、
    そのときに少し教えてもらいました
    (匂いをあてるというような)。
    今の現代の人たち、私も含め、こういうお遊びができなくなってきています。
    ヒルズ族といわれるIT関連の会社の社長さんが、
    京都のお茶屋で遊ぶことができるのかしら。
    だんだんと大人の遊びを楽しむことができなく、
    幼児化状態。
    
    それにしても、お着物では、香木の匂い袋をタンスに入れておけば、
    防虫効果もありますし、着たときに、ほのかに香る。
    扇子などにちょいと匂いをつけると、
    扇子がパタパタと扇いでいるときに、ほのかに香る。
    手紙ひとつでも、封をきったとき、匂いが少しする。
    そうやって日本人は香りを生活に上手に取り入れてきたのでしょうね。
    
    



身体の記憶 ・・2005/12/23
    
    昨日、夜の9時すぎに電話が入り、そうして夜中の12時すぎに、
    ぴんぽ~んと玄関のチャイムが鳴る。
    友人が、食事をしたところのお店のケーキを購入して、
    持ってきてくれたのでした。
    家に入ってお茶でも。
    と言ったのですが、遅いから帰るとのこと。
    そりゃあそうですね(笑)。
    気軽に寄ってくれるのは、歓迎です。
    
    ぜんぜん仕事の話を書いていないので、
    そろそろ、もう一つのコラムで、書こうと思います。
    それにしても、先日も、長年の身体の痛みがヒプノセラピーのおかげで、
    解決されました。という報告を受けることがよくあるのですが、
    心と身体は、ほんとうに密接に繋がっています。
    
    マッサージとか何かをしても、良くならない場合は、
    一度セラピーの観点からしてみると面白いです。
    心臓の辺りが痛くて、医者へ行き、
    レントゲンを撮ってもらっても、何も異常はなしの方が、
    ヒプノセラピーをしてみると、その原因は、
    心臓のあたりを刺された記憶が出てきて、それを解放しましたら、
    それ以後、一切痛みがなくなった。
    ということは、実際よくあることです。
    人間の記憶ってすごいです。
    そのようなことを体験としてセラピーなどで知っていくと、
    自分が現在生まれてきた意味とか、そういうような哲学的なこと、
    体験として理解していくようになりますね。
    
    それにしても自分の心臓は、自分がどんなに寝て休んでも、
    24時間、ずっと働いてくれていて、心臓だけではなく、
    あらゆる器官が、そうなんだということは、
    当たり前にわかっているわけですが、時々よくがんばっているよな~。
    と最近思います。
    身体は小宇宙。
    不思議な世界。
    身体の記憶を探っていくと、どこから来て、どこへ行くのか、
    記憶が記憶しているのを知る機会を得ると、
    今の自分が少しは見えやすくなってくるかもしれません。
    人間が抱えている現在の不安、悩み、孤独などは、記憶からです。
    現在の悩みを解決するより、記憶を解決していくほうを選択してみてください。
    今より、地平線がずっと見えやすくなってきます。
    
    
    
    



表現のカタチ ・・2005/12/22
    
    東京はこのところ、毎日寒い日が続いています。
    でも寒くても雪が降らない。ということが、なんだか私には不思議に思います。
    
    和裁の稽古仲間の一人と、彼女お勧めの食事場所に行きました。
    携帯を持たない主義の彼女と待ち合わせするとき、
    5分前に到着した私は、ソワソワ、ドキドキ。けっこう和裁をしている人は、
    和文化生活なのか、アナログを大事にしているのか、
    持たない方をお見受けします。
    はじめての駅に降り立ち、自分の待ち合わせ場所が間違っていないか、
    何度も手帖を見て確認。
    携帯があれば、そんなソワソワすることもなく、
    すぐに連絡して確認できる。
    と思っているどこかの安心感がある待ち合わせと違い、
    本当に来てくれるのか、私の手帖に書き込んだものが、
    すでに間違っていないか、などと、いろんなことを考える。
    事前に何かあったら、公衆電話から私の携帯に電話してね、
    と伝え、事前に色々確認したものの、なんだか不安でたまらない。
    
    でも待っている間、こうやって、ほんの少し前までは、
    誰かを待つときに、色々なことを想像しながら、
    相手が何かあったのではないか、違うところでずっと待っているのじゃないか、
    どこに立っていれば相手にとってはわかりやすいのか、
    などと色々な心配をしていた気持ち。
    そうして、ちゃんと聴く。
    ということが何より大事だということ、改めて感じました。
    
    どこどこで待ち合わせ。
    というのが、聞き流すようであっても、行くことができるのですが、
    私はあなたの話を聞きました。
    という受け止め方とは確実に違う。
    聞き流すと、聞き入れるとの違いなんですね。
    
    そう考えると、聞き間違いをしてはならないような、
    飛行機の予約などでは、日付などの、1を、(いち)と、7を、(しち、ひち?)は、
    聞き取りにくいので、飛行機の業界などでは、7は、(なな)という。
    よって、どんなにお客様から、
    27日(にじゅうひちにち)の予約を申し込まれましも、必ず、にじゅういちにち。
    とか、にじゅうななにちですね。と、確認をしていました。
    プライベートでも、友達との約束に、17日(じゅうななにち)
    などと言ったことがあり、笑われましたが(笑)。
    
    他にも名前の聞き間違いを防ぐために、たとえば、私の名前の、
    MARIE(まりえ)の頭文字がMなので、「マイク」と業界内では言うのですが、
    Mと「エム」とN「エヌ」は、聞き間違いがおきやすいですし、それに限らず、
    すべてのアルファベットに、このような間違いを防ぐためにあります。
    
    最近は、サイトのアドレスや、メールアドレスを伺うときに、
    聞き取れないことがよくあります。
    そんなとき、業界内の間での、この用語は、
    なんてわかりやすかったのだろう。
    と思う。
    
    でもその前に、ちゃんと聴く。
    ということが、どんなことより大事なこと。
    気をつけようと思いました。
    
    帰り際、バックの中から、彼女が見て欲しいと言って見せてくれたもの。
    オリジナルの空き箱に、日本刺繍がほどこされておりました。
    
    さすがは和裁で仕事をしているだけあって、
    日本刺繍も専門の先生から教わっていた時期もあってか、
    その丁寧さも、もちろんですが、今風にアレンジして、
    とってもかわいいオリジナルのデザインで、友達の結婚式などのお祝いに、
    プレゼントしているそう。
    嬉しいだろうな、もらった方は。
    
    家に戻り、なぜ帰り際になり、別れ際にバックから取り出し、
    私に見せてくれたのか?
    と考えていると、食事の話の中で、
    彼女は、何か自分を表現したいけれども、
    その一方で、恥ずかしい自分がいて、出したくないという自分がいる・・・。
    という話をしていたのを思い出す。・・・・。
    
    帰り際のバックから取り出した自分の作品は、その表れなんですね。
    
    もちろん私はちゃんと受け止めました。素直に素敵でしたから。
    それでもっと、みんなに知ってもらおうよ。
    と、えらそうにアドバイスしました。
    そうしたら、もっと素敵になっていくから。
    
    ときどき、私のセッションに訪れる方の中にも、
    MARIEさん見てください。
    などといって、いろいろと見せてくれたり、教えてくれたりすることがある。
    
    これが驚くほど、素晴らしいものだったりする。
    なんで今まで言ってくれなかったの、素敵じゃない。
    と言ってしまうようなものもあるのですが、
    そういうことに限って、本人は、
    それまでは、隠してしまっているので、わからない。
    
    それがセッションをしていき、心が解放されつつあるときに、
    自分の一部を出してみたいと思う自然な行為になっていく表れの行為であり、
    私は、その経過をみていますので、嬉しいです。
    
    今日、仕事帰りに、いつも仕事で御世話になっている
    オーガニックコットンのお店の店長さんとお話をしていた。
    夏に店長さんの実家が大島で、
    大島といえば、着物の大島紬が有名!
    オーガニックコットンは私も使っていますし、大好きなのでいいのですが、
    どうしてせっかく自分が育ってきた中に、
    大島紬という素晴らしいものがあるのに、その生地を扱わないのかしら。
    私は和裁をしているので、日
    本のそういう素敵な生地があるのを、もっと知りたいし、知ってほしい。
    外国のオーガニックコットンの生地を扱うのもいいけれども、
    国産選びましょうよ。
    生まれ育った土地なのですから~
    という私なりの感想を述べたところ、
    今日、来年から、大島紬の生地を扱うことになったそうです。
    しかも驚くことに親戚が、大島紬の工場で働いていたことを知り、
    今は大島紬といっても、みんなだまされて、
    韓国産とかになってしまっているけれども、
    そういう、まがいものがないところで、しかも私がその島で生まれたおかげで、
    安くちゃんとしたところで、取引できるようになったのよ!
    という話をしてくれた。
    やった~、よかったですね!!!
    
    ただただ自分の思いを表現したい、という爆発系ではなく(笑)、
    できれば、やはり後に続く人たちのためにも、
    自分が表現する意味を考えて表現することを大事に私はしたいし、
    そういうお手伝いを、周りの人が求められてきた場合はしたい。
    
    ゴミをなくそう。という前に、ゴミを出さないように考える企業を応援したい。
    というような・・・。
    
    



おもしろい! ・・2005/12/21
    
    12月20日付け↓のコラムで、私は空港での待ち時間、
    たまたまその日、講座の生徒さんから借りた、1冊の本。
    この1冊の本のおかげで、空港の待ち時間が、とても楽しかったです。
    この本がなかったら・・・。
    と思うと、何もかも上手くいっているな~と思います。
    
    その本が、今話題になっているそうで、本のタイトルが「生協の白石さん」。
    
    これが、とっても笑えて、一人、空港であまりにも、
    ツボが入ってしまう文章が書かれてあって、笑ってしまいました。
    
    農工大の学生が、日頃御世話になっている、大学内にある、生協のお店。
    そこに、ひとことカードが設置されていて、商品に関しての在庫や、
    質問なのに、いつのまにか、学生の日頃の思いをぶつけたり、
    生活上の質問をしたりして(たとえば、愛が欲しいです・・とか)、
    それを職員の白石さんが、真面目に答えている文章が書かれてあるのですが、
    とってもおもしろいのです。
    
    私の身近にいてほしい。
    私も質問したいな~。
    
    今携帯一つで、画像や、文字ひとつでも絵文字があって、
    とてもわかりやすく相手に伝わりやすくなっていますが、
    生協の白石さんと、学生さんとのやり取りで、
    白石さんは、短い文章で何の飾りの無い文章だけの力で、
    これほど、人の気持ちを重いところから軽いところへ連れて行く力や受容性は、
    正しい日本語と、ユーモア性、言葉のセンスを感じて、私
    には足りないところがたくさん盛り込まれていて、勉強になりました。
    
    とにかく笑えた自分というのが、なんだか嬉しかったです。
    
    



無事到着 ・・2005/12/20
    
    約1週間ぶりのコラムです。
    といいますのも、先週から今週にかけて、出張のため、東京不在でした。
    今回は、札幌での13期生ヒプノ講座が最終日。
    ということもあり、無事、個人セッションも含め、
    皆様のおかげで、楽しく仕事ができましたこと、感謝いたします。
    講座終了の感想は、後日もう一つのコラムに書きます。
    
    今回は、大雪がすごくて、飛
    行機の欠航が相次いでいる最中での、仕事でした。
    その2日間前に元会社の先輩、同僚と、一緒に仕事終わり、
    久しぶりに飲んだのですが、そのときに、
    「まりりん(会社ではそう呼ばれていましたので)、
    飛行機、ちょうど帰る日と時間、悪天候がぶつかり、
    全便欠航で、その日は東京に戻れない可能性大。」
    というではありませんか・・・。
     翌日の朝から東京で仕事があることを、あれこれ考えているワタシ。
    
    以前会社員だった私は、飛行機が飛ぶ、飛ばない。
    という、お客様と密接に繋がる部署にいましたから、
    天候上の理由は、手前どもの会社ではどうすることもできない。
    ということは、自分が普通の人以上に、当然わかっているわけです。
    
    なのに、ちょうどその日は、
    サザンオールスターズのコンサートだったということもあり、
    ということは、サザンも、私と同じように、
    飛行機に乗れないということだよね~。
    あのサザンの力で、飛行機飛ばせないかな~?
    私も便乗させて!
    
    その返事に、元会社の同僚は、「無理無理! 自家用ジエットじゃないとね。
    だから、サザンも、まりりんも同じ立場なわけよ~・・・(大爆笑)」
    
    ということで、元会社の先輩に、乗れなかったら、私の家に泊まりにおいで。
    と言ってくださり、元会社の同僚からは、
    その日の飛行機の運行上で、電話が繋がらなかったとき、
    会社の電話(一般には繋がらない電話)に電話かけておいで。
    という慰めもあり。
    
    自分が会社員だったときは、お客様から、
    飛行機が飛ばないことに対して、どうにかしてくれ!
    という言葉をぶつけてこられた気持ち、少しわかります(笑)。
    
    そうして仕事を夕方に終え、当日は、欠航発表決定。
    
    でも今までも、私は運がよく、こと天候上といった、
    自然界に巻き込まれるということは、ないし、
    ないと思っている私は、なんとかなるだろう。
    と思い、最終便まで2便あり、
    飛ぶか飛ばないかは未定の発表があっても、直接空港へ行くことに。
    空港で待っていると、最終便が未定から、飛ぶことに決定になり!!、
    だいぶ遅延して、羽田空港到着。
    おまけにそこからの移動が、すべて最終便で間に合い、
    自宅到着は、夜中の1時でした。
    
    私が仕事中に、無事飛行機が飛んで帰れるか。
    という心配してくださった皆様、ほんとうにありがとうございました。
    皆様のおかげで、無事、その日に東京に戻ることが出来ました。
    これも皆様のおかげです。
    どうもありがとうございます。
    私は携帯があっても、携帯でのメール機能を、つけない私です
    が、皆様のおかげで、携帯で色々と操作してくれて、
    ありがとうございます。
    (この場をお借りして失礼しました)
    
    
    
    



自分という存在・・2005/12/14
    
    先日、私が以前OLをしていた、元会社の郵便物が届く。
    何だろう・・・。
    そこには、以前働いていた上司が、絵が趣味を超えて、
    自作の来年カレンダーも作っているのですが、それを送ってくださったのでした。
    ありがとうございます。
    
    もう会社員を辞めてこの仕事をして、何年も経っているのですが、
    元会社の上司や、先輩や、同僚から、それぞれに連絡をくださり、
    明日からも出張で、滞在中の仕事後、会うことになっているのですが、
    一緒に仕事を共にしたことがあると、連帯感みたいなものを感じるのでしょうか、
    共に忙しい時期に一緒に働いたという記憶が残っているためか、
    久々にお会いしても、すっと入っていけます。
    仕事を一緒にすると、
    何より相手のことがよく見えて理解できるような気が私はします。
    
    特にこの見えない仕事などは、一緒に仕事をする間、役割は違っても、
    その役割の中で、一つのものに対して、良いものを作ろう。
    と思う気持ちが一緒なので、家族のような連帯感のような気持ちになり、
    そういう気持ちになれることが、醍醐味かもしれません。
    今後もそんなふうになれるものがあったら、ぜひやってみたいですね。
    
    会社員のときは、仕事の予測がまったくつかない天候上に左右される仕事で、
    いったいいつ帰れるのか予想がつかず。
    だからこそ、職場の人間関係が良かったことが、
    こうして辞めても、話ができるので仕合せなことです。
    
    そしてもちろんこの仕事をしていることも、知っています。
    私の職業は見えない職業なので、
    どこまで深く理解しているのかは疑問ですが(笑)、
    会社員のときから、相談に乗っていたりとかしていましたので、
    見えない話をたとえばしたとしても、ぜんぜん平気です。
    まあ普段は笑い話ばかりですけれど。
    
    見える、見えない話の前に、自分のことを、
    隠す必要がない関係っていいですね。
    隠れたり、ごまかしたりしなくても、等身大の自分がそこに存在している自分。
    
    自分のことは、自分で考えてもよくわからないことも多いような気がします。
    他者が、自分というのも見せてくれる、教えてくれる鏡のようなもの。
    どんな自分になっているのかが、わかってきます。
    おもしろいのが、人が私を紹介することがあったとき、
    どのように第三者に、私を紹介するのか、
    その紹介ひとつの言葉、空気で、自分自身の身のおきかた、
    関係性、自分自身が見えてきます。
    
    大江健三郎の話がたまたまた書いてあったのを見たのですが、
    他者が自分に向けられる欲求を満たしてあげて、なおかつ、
    自分自身が本当にありたい自分を表現することについて書かれてあったのですが、
    納得します。
    
    周りが望んでもいないのに主張するのはおかしなことですし、
    だからといって、周りの欲求、期待に合わせてばかりいると、
    ふと自分が虚しい。
    自分の存在が、人前で隠れなければならない自分の存在、
    無価値感を増すばかりです。
    
    大人で社会の一員である以上、特に仕事では、周りが期待するものを与えながらも、
    やはり自分がほんとうは、こういうことをしたかった。
    ということに対して、何のとらわれもなく、
    等身大の自分をそのまま表現することの自由さを持っていくことが、
    ほんとうは、もっと自分という可能性を広げることなんでしょうね。
    
    隠れた自分では、作品と同じく輝き出せない。
    
    周りが自分を当てはめ、押し込めようとするのと、自分がこうしたい。
    というせめぎ合いの中で、生きている人もいるでしょうし、
    どんなときでも成長するために、誰かと戦うわけでなく、
    自分自身の闇と誰もが戦って、そのせめぎ合いの中で、
    自分の望みに対して確立できた表現者を、
    真の成功者といえるかもしれませんね。
    
    



うなぎ ・・2005/12/13
    
    友人が遊びに来た。夕方だったので、美味しいところへ食べに行こう。
    ということに。
    そこで、友人が、うなぎを食べにいこうよ、MARIEさん!。
    うなぎ?うなぎって、うなぎだよね~・・・。
    そう。なかなか美味しい、うなぎ屋が、上野毛にあって、
    そこには、錦鯉が泳いでいて、ほんとうに、あの錦鯉をまた見たいので、行こうよ!
    と言う友人。
    
    正直、うなぎを食べたい。
    という衝動的な気持ちになることが、私にはなくて、
    あの、ひょろひょろを想像してしまった。
    女性の彼女の口から、うなぎを食べに行こう!
    と言い出すところが、なんだか私は笑ってしまいそうになり、
    うなぎを食べたい。
    という気持ちにはなれない私でも、彼女の錦鯉の説明も加わって、
    じゃあ行きましょう!
    ということで、行った。
    
    それが一軒家の日本建築で、思った以上に、
    鯉がとっても大きく、立派であり、お客さんもたくさんいらして、
    外国人がうなぎを食べている姿が不思議に思えて、
    厨房がオープンキッチンになっているので、板前の料理姿も拝見できて、
    なんだか楽しかったです。
    
    1年以上会っていなかったのに、今月、家に遊びに行くね~。
    と言い残し帰っていった。 
    主婦の彼女が、姑の話を私にグチっても、なんだか彼女の行動、
    性格が見えて、笑ってしまう。
    お腹が空いていたのか、以前、人が話をしていても、
    自分のバックから、バナナを丸ごと取り出し、食べていた姿を思い出す。
    そうして私にも、バナナを差し出し、食べる?
    と聞かれ、驚いた(笑)。
    
    インドのアーユルヴェーダ理論でいうと、色々な角度から、
    ピッタのタイプじゃないか。
    と、今思ったのであります(笑)。
    
    世の中には、色々な人がいて、色々な個性があって、
    それぞれが楽しくユニークな存在ですね。
    HAPPYなことです。
    
    
    



創造 ・・2005/12/11
    
    あらゆる創造活動はまずなによりも破壊活動である。
    【ピカソ/画家】
    
    の言葉を残していた。ふと、今感じて思う。
    私自身が思う創造とは、その、破壊的な自分の心を知り、つ
    なぐよう努めることを創造という。
    というほうに、私は言い換えるかもしれません。
    
    芸術家は一度何もかも破壊してしまわないと見えてこないことも、
    わかるのですが、凡人の私には、破壊よりもずっと、
    自分の言葉のほうが、困難だと感じる道であり、
    そのほうが挑戦したいという気持ちの欲求と、大事な人生のレッスン。
    破壊は自分に無関心でいたら、勝手に起きてしまう、
    私にとっては楽な道で逃げ道。
    
    私が尊敬しているご年配の方が、ピカソの絵を好まない。
    という方がいらした。
    どうしてそう思っているのか、絵を見ても、その人が好まない。
    とおっしゃっている意味が、ずっとわからずにいた。
    ピカソの顔をジャンコクトーと交流している時の写真を見てもわからなかった。
    ほんの少しだけ、作品が。
    ということではなく!
    その人のおっしゃっている意味が、
    その方の人格とあわせてみて、今日わかったような気がした。
    
    



君の名は ・・2005/12/08
    
    仕事前に朝一番で観にいった映画の作品「君の名は」
    現在松竹110周年祭で、1ヶ月ほど、思い出に残る日本映画41本を上映中。
    
    日本映画好きの私は、佐田啓二さん出演ということで、
    好きなので観にいった。
    主演は佐田啓二さんと、岸恵子さん。
    
    1階席、2階席、ともに満席で、立ち見状態。
    私も上映時間ぎりぎりで立ち見。しかも3時間ちょっとという大作だっただけに、
    地べたにハンカチを広げて座ったという見苦しさだったですが、
    本当に観てよかった~という作品でした。
    
    1950年代の作品で、周りを見ると、私よりはずっとご年配の方。
    今回は時間的にそうかもしれませんけれど、
    私のような年代は見当たりませんでした。
    またポツリ。
    
    映画っていいですね。
    映画とか本とか舞台とかコンサートとか、そういうのは、
    その時間は何もかも忘れて集中できるのですから。
    
    特にこの映画は、
    戦時中に空襲で出会った二人のすれ違い悲恋のストーリーですが、
    映画がはじめってすぐに、
    その当時の流行歌が流れるところから始まるのですが、
    その歌が流れてきたとき、映画の観客席から、
    拍手がちらほらと聞こえました。
    
    杖をついたご年配の方が目立っており、昔は映画が娯楽だった。
    という話はなんだかわかるような気がしました。 
    戦争が終わり、心が暗くなっているときに、
    人々の心に明りを灯してくれたのが、映画だったり、歌だったりだったのでしょう。
    
    今は物質的には恵まれていても、心が暗くなっている世の中。
    リストラ、病気、事故、死別、たくさんの問題がふりかかってきて、
    何一つ心が解決していなくとも、その時間だけでも忘れることができる。
    そういう時間って大切ですよね。
    
    だからこそ、夢を与えてくれるような美男美女、
    ストーリーが当時必要だったのも、理解できるような気がします。
    
    でも今は夢さえも見れなくなってしまい、定年まで会社に尽くす。
    という当たり前の男性が思っていた図式も崩れ始め、
    そこまで思い続ける情熱は入ったときからなく、
    また会社も、一生面倒をみる、人を育てる。
    ということができなくなり、それにより良いところもあれば、
    どこへも信頼感を築けるものが、
    なくなってきた行き先の人々の心のよりどころは、どこへ流れていくのでしょうか。
    
    



願いは叶う出逢ひ ・・ 2005/12/08
    
    仕事帰りに、家の近くの喫茶店で本を読んでいたら、
    フランス在住の日本人の友人の話を隣のお客さんがしていらして、
    たまたま私の耳に入ってきましたのが、
    フランス人のパートナーの両親が、日本料理を作ってほしい。
    と言われて、大変困ったという話でした。
    その人は、そもそも日本料理って何だろうと。
    隣の席にいた私は、たまたま聞こえてきたその話。
    
    その帰りに、ふと、見上げた2階のマンションに、日本料理教室。
    と書かれてあった看板を眼にし、先ほどの外国へ行って、
    日本料理を作ってほしい。
    というリクエストの話とリンクしているように感じ、
    日本料理教室という看板は以前からあったことは気が付いて
    何となく気になってはいたのですが、新しく看板が変わったのか?
    鈴木登紀子という名前が入っていたのに驚き、おまけに明りが灯っている。
    もう私の心は、ひょっとして、あの鈴木登紀子さんの料理教室??
    と思い、失礼ながら、マンションの2階のチャイムを鳴らしてみました。
    そうしたら40代くらいの女性が出ていらして、?
    と思ったのですが、その後、鈴木登紀子さんが、玄関に登場。
    
    そうしてもしよろしかったら中に入ってください。
    と案内をしてくださって、お忙しいでしょうに、私に優しく色々と話をしてくださった。 
    
    私はいつもNHKのテレビで、着物でたすき掛けをして、
    料理をなさっている大正生まれの鈴木登紀子さんの姿、きれいな言葉遣い、
    料理に対しての優しさがにじみ出ていらして、素敵な方だという印象がありましたので、
    その話を、ちょうど12月1日付け↓で、このコラムに書いていたら、
    1週間後には、実際にお会いし、実現することになるとは。
    
    ちょうど今は、おせち料理を皆さんに教えている。
    ということで、和紙で書いた達筆なお品書きが筆で書かれてあり、
    また器もぜひご覧になってくださいね。
    と案内をしてくださり、九谷焼、京焼、輪島塗など、器はすべて、
    このようなものを使っているのですよ。
    という話でなんだか器だけでも勉強になりそうです。
    そうして、ちょうどおせち料理に使う黒豆を煮ていました。
    
    そうして私のことを姫とお呼びくださり(笑)、御国はどちらなの?
    と聞かれ、北海道です。
    などと答えて、日本料理に興味がおありなの?
    と聞かれましたり、いろいろとお話なさることに答えましたし、
    私も自分なりの感想をそのまま述べました。
    
    たまたま何も考えずに、ピンポ~ンと鳴らしましたので、料理教室に通う、
    通わないという気持ちも考えず、行動が先に出ていたのですが、
    鈴木登紀子さんは、ぜひいらっしゃい。
    お待ちしていますからね。
    ぜひお待ちしていますよと。
    「そうして、いらっしゃるのでしたら、姫なのだから、
    夜の教室は18時~ありますけれども、お勧めしないですよ。
    やはりお昼の教室へいらっしゃい。
    あんまり姫は夜に出歩くものではありませんよ。」
    と、おっしゃった。
    
    この言葉、私が思っていたどおりの方で、心の中で笑いそうになりました。
    とても失礼ですけれども(笑)。 
    
    NHKの料理番組でも、さばの味噌煮のとき、
    お魚の臭みを取るにはどうしたらいいのでしょうか?
    という視聴者からのご質問に、
    鈴木登紀子さんは、臭みという言い方を好まず、臭みを消すというより、
    特徴を生かす(確かそうだったと思う)という言葉に変えていた。
    こういうところが、私はとても好きなんだよな~と思った。
    
    私の自宅から、徒歩5分の場所にいらしたなんて。
    
    
    



藤沢文学 ・・2005/12/08
    
    最近、私の中で藤沢周平の本が静かなブームになっています。
    友人から借りた1冊の本が、きっかけで読みましたが、
    以後数冊彼女から本を借りては、なかなかいいな~と思ってしまいます。
    時代小説なのに、読みやすい。 
    私は頭が悪いので、文章が難しいと、2,3ページで、それ以降、まったく進まず。
    何年経っても読めないものがあります。
    そんな読解力ゼロの私でも読めたのが、彼の作品。
    
    なんだかほのぼのとして癒されます。
    
    友達が持っている本を借りては読んでの繰り返し。
    彼女も、どうして今まで、藤沢周平の本を手に取らなかったのだろう。
    と私にぽつりと言ってました。
    そうして友達は、藤沢周平が出している本をすべて買おうと思っている。
    というくらい、はまっていて、私もすべて制覇してみたいと思う。
    
    今は、何でも自己主張がないとやっていけない時代のような気がするのですが、
    どうも私はその手のタイプではない不器用さがあるのも欠点だと自覚はしていますが、
    彼の作品を読んでいると、
    胸の内をはっきりと言葉にしないところに共感できるというのか。
    
    小説には、時代や置かれている状況などの制約から、口には発しないけれども、
    あふれる想いみたいな愛情などが、漏れてくる、
    伝わってくる作品のような気がして、彼の作品をまだ借りた数冊しか読んでいないので、
    まだわかりませんが、自分の性格には、受け入れやすく、また、読みやすいのが嬉しいです
    



個展・・2005/12/07
    
    
    
    昨日、仕事前に、案内をいただいた方の、押し花の個展へ行きました。
    私は一人暮らしを始めて以来、玄米生活だったのが、
    5年ほど前から、同じ玄米でも、長岡式酵素玄米へと変わって、
    数ヶ月前に、その関係の集まりで、はじめて出会った方でした。
    声をかけていただき、聞けば、同じ北海道の出身ということで、
    しかも本当に近くて、こんな身近に出会えるなんて。
    今回、個展では、北海道の花々を使ったものを中心に作品を進めている。
    ということで、楽しみに行ってきました。
    
    それが私が思っていた押し花の世界とはぜんぜん違っていて、ビックリしました。
    もちろん良い意味です。
    小学校で押し花をしていたり、近いところでは、数年前に、北海道のお友達6名くらいで、
    大自然の北海道の土地で、教室があり、みんなで押し花をしよう。
    ということになり、私は本のしおりを作った記憶があるのですが、
    それが私は懲りだすと、本当に時間を忘れてしまうので、
    結局最後は居残りのような状態で、黙々とやっていました。
    
    大体、押し花は、こんなふうな・・・
    という自分なりの感じがありましたが、今回個展へ行きましたとき、
    押し花って、こんなふうに変貌するんだな~という発見です。
    それは、押し花と日本の和紙のコラボレーション。ということです。
    
    彼女は、京都へ行った際に、偶然立ち寄った和紙のお店との出会いで、
    その和紙の上に、お花を置くようにしたら、
    それが素晴らしい作品へと変貌したのですね。
    実際、和紙が使われていなかった昨年までの作品も見せていただきましたが、
    まったく違っていました。
    もちろん昨年も素敵です。 
    押し花って、
    私のイメージでは西洋的な感じがしていたのですが、
    和紙を使うことによって、四季の移り変わりを和紙の色で表されているような物語を感じまして、
    私は本当に素敵だと思いました。
    そうして北海道こそ四季がはっきりしている土地はないな~
    と、東京へ来て痛感します。
    花々をみていると懐かしい感じがしました。
    
    和紙っていいですよね。
    私も以前会社員をしていたときの同僚と鎌倉へ行った際に、
    たまたま見つけた和紙専門店で、和紙に魅せられました。
    以後、自分が気に入ったデザインの和紙に出会うと、購入してしまいます。
    そうして人に何か贈り物をするときなどに包んだり、和紙で手紙を書いたり、
    何かを巻いたりなどして、楽しんでいますが、こんな使い方もできるんだな~と、
    良いお勉強になりました。
    今度京都へ行った際は、ぜひそこの和紙のお店行ってみたいです。
    デザインが面白い和紙があっても、
    着物の帯の柄のような上品な和紙の微妙な色合いを今回拝見できたのは、
    はじめてなのでとても勉強になりました。
    
    私が気に入った作品の一つが、「紫式部」という題名の作品。
    あ~日本人でよかった。
    
    
    
    



気合 ・・2005/12/02
    
    
    最近は、ぜんぜん仕事に関することを書いていないので、
    少しは書こうと思います。
    気合が入らないと書けないのか? 
    書くまでの時間と書くことに、とっても時間がいつもかかるのは、
    いろいろと考えるからです。
    なのでついつい、こちらのコラムで、
    どうでもいいようなことを書いています。gomennnasai。
    
    
    
    



自分 ・・2005/12/01
    
    12月になりましたね。今年もあと1ヶ月です。
    2005年はどんな年でしたか?
    私の今年の感想は、次回のニュースレターに、まとまりましたら
    配信したいと思っています。
    
    俳優の三国連太郎さんが、3年か5年かの周期で、
    自分は役者に向いていないのではないか?
    という気持ちになるそうです・・・。 
    映画の入場料に見合った仕事かできているのか、
    いないのかを常に考えて出演を決めるのだそうです。
    頭が下がります・・・。
    
    私の友人は、私が仕事で、人前で話をしているのをみたとき、
    大変驚いてました。
    私が、人前で話をして、仕事をしている。
    なんて想像がつかないようで、よく、セッションを受けてくださる方から、
    私は人前に出るのが恥ずかしい。
    という話を聞き、わかります、私もそうですよ。
    と申しますとみなさんが、MARIEさん信じられません。
    とおっしゃいます。 
    
    私と過去に一緒に仕事をしたスタッフは、わかるでしょうが、
    人前に出る前は、ほんとうに逃げ出したくなります。
    それで実際に言葉にしたことも何度もあります。
    もちろん、個人セッションのような一対一ですと、何も緊張もしないのです。
    でも、ワークショップやチャネリングなどの、何人もの人の前に出て、
    みんなの視線が集まるときは、ダメです。
    どんな気持ちかというと、見ないで!! 
    と怒ってしまうような気持ちなんです(苦笑)! 
    動物園の動物が見ないで!と怒っているようなものです。 
    そんなときスタッフの方から、何度も、優しいお叱りを受けました。
    こんな言い方はしませんが、動物園に行っているのに、動物がいないことに対して。
    いつも自分が選んだのじゃないのだから。
    という逃げ道を必ずつけてしまう、嫌なヤツです。
    
    でも、不思議なんですね。 
    あれだけ人前に出る直前まで、怖い、怖い。
    と言っていたくせに!! 
    いよいよ時間になり、人前に出てしまうと、そこは別人なんです。
    そのような気持ち、すっかり忘れています。
    さっきまでの何もはじまってもいないのに、
    自己嫌悪に陥っている自分は何なのだろう。
    と思います。
    終わったあと、スタッフの言葉で、ようやく気付きます。
    よかった。
    
    しかし、仕事以外のいつもの自分の根底にあるものは、
    自分不在なんだということだと最近は思いました。
    昔、昔、それいけココロジー??
    という番組を見たとき、消しゴムで消せるとしたら、何を消したいか?
    という質問に、普通なら、今までの中で恥ずかしかった具体的な出来事とか、
    せいぜい過去。
    ですとか、そんなことを答えるでしょうが、
    ゲストの小泉今日子さんは、「自分」と答えていたのが印象的で、
    なぜかその番組のことは何も知らないのですが、
    ほんとうに、そこだけは、私と同じ答えでしたので、今も覚えているのです。
    テレビの前で人目を気にせず答えてしまうことと、
    (私でしたら、テレビの前では本音は言わないので、すごいな~と思いました)、
    きっと、今、つらいのだろな~と年下の私は失礼ながら、思ってました。
    
    引越し癖があるのも、単なる引越しならいいのですが、
    誰も連絡がつかないところへ行ってしまいたい。
    という周期が、引越しに向かってしまうのは、自分を消したい。
    という消しゴムの心理状態と同じなんですね。
    
    自分がこの仕事を向こうから授けられたことで、
    自分が苦手だと思う部分を出す機会を与えられているんじゃないか。
    と、今までに思ったこと何度かあります。
    そんな機会がなかったら、今私はどうしているのだろうか?
    早く卒業証もらえるよう、がんばらなくては。
    
    少なくとも今の私は、自分が埋もれていた知らない自分に出会って、
    自分を出してみたいです。
    特に自分が足りないな~と思っているところ
    これ出せたら面白いだろうな。
    思いっきり、演じてみたいです。
    
    
    



好きな料理研究家 ・・2005/12/01
    
    昨日、家の近所の銀行で、料理家の鈴木登紀子さんがいらした。
    こんなところで、お会いできるなんて。
    
    以前、ある方から、好きな料理研究家は?
    という、おもしろい質問をなさった方がいらっしゃいましたが、
    私は迷わず、鈴木登紀子さん。と答えた。
    
    北国育ちの鈴木さんのお味は、私も北国育ちなので、受け入れやすい。
    
    何より大正生まれの彼女は、NHKの料理番組に出ていらして、虜になりました。
    
    素材を大事に扱っていらして、
    自分がこの素材だったら彼女に料理してもらいたい。
    だって優しいのだもの・・。
    と言いたくなってしまう。
    
    言葉遣いも、日本の正しい言葉が、そこにはあり、
    着物にたすき掛けで料理をなさる姿が、私は、とっても好きです!
    
    同じように共感する方が身近に、まだお目にかかってはおりませんので、
    私の中だけの静かなブームなのですが。
    
    これから冬になり、料理するときは、エプロンより、割烹着のほうが、
    本当に暖かいです!! 
    夏は暑いですけれど。
    
    話は戻り、銀行から私より先に出て行かれた鈴木さんは、
    だんなさまと一緒に帰っていきました。
    だんなさんは、後ろ姿しか拝見できませんでした
    が、きっと、素敵なだんなさんだろうな。
    と、そのとき思いました。
    
    料理は、食べてもらえる人がいれば、美味しくなるもの。
    料理に限らないすべてのことにもいえるかもしれませんが。
    
    私の父は、仕事帰りや、飲んで帰った後、よく人を連れてきた。
    子供の私は、茶の間でくつろいでいるときに、何の前触れもなく、
    いきなり、人を連れてくるので、寝巻き姿のときもあったりして、驚いた。
    子供だったけれど。
    
    母が本当にすごいな~と思うのは、嫌な顔一つせず、
    お客さんが突然いらっしゃっても、すぐに冷蔵庫と、奥の部屋にある冷蔵庫と、
    倉庫からの食材の中から、あっという間に料理を作り、
    どんどんとお客様にお出ししていた。
    
    ちょうど今くらいの時期でも、年末年始のご挨拶といって、
    自宅に何かしらのものを持ってこられる方、また父は碁をするので、
    その碁仲間が、遊びにいらして、当然、父は、どうぞ、中へ入って。
    と必ず言っては、母親の仕事がはじまる。
    私も寒い倉庫の中から食材を取りに行ったりして、手伝った。
    考えてもみれば、父はいらした方のお宅におじゃまする。
    ということは、あったのだろうか?
    おそらくなかったのではないか。と思う。
    
    しかもいらした方は、申し訳ない。
    という気持ちを一つも持たず(子供の私には確実にそう見えた)、
    ほろ酔い気分で楽しく帰っていく。 
    なんて贅沢な!(笑)
    
    



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