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興味 ・・2006/01/31
    
    今日で、1月もあっとう間に、終わりですね。
    寒い北国から、今週東京に戻りましたためか、
    ほんの少しだけ風邪気味です。
    こういうときは、身体がどんな食べ物を欲しているのか、よくわかりますね。
    時々、ほんの少しバテることが、
    健康(精神も含め)に繋がることもあるかもしれない。
    それでも、その間お休みしていた弓道の稽古へ。
    帰りごろ、弓道の先生とお話が弾み、
    以前、先生が数年前にインタビューされた記事が1冊の本になっており、
    道場の皆は、その本すら知らないのを、
    たまたま私は明治神宮に置かれてあったのを見つけたのだが、
    その本の内容で、先生が日頃、みんなに伝えていることで、
    何を言いたいのかが、感覚として理解したような気がしたことや、
    私が感じている弓についての解釈でいいのか、などということも含め、
    あの本の発見から数ヵ月後の今日、なぜか言葉が出てきたので伝えた。
    
    80過ぎの弓道界の頂点まで立った先生が、
    恥ずかしいから、出さないでほしい。
    とインタビューした方にお願いしたほどで、原本が手元にない。
    などと、おっしゃった(笑)。
    
    どおりで、道場の皆さんが、その本の存在を知らないはずです。
    なんだか、普段の先生をみているので、先生らしいな。
    と思いました。
    
    そのような、自分のことについてをお話するのが苦手な先生の性格で、
    弓道界の頂点まで登りつめたのだから、
    実に興味深く、魅力的で、そそられる(ちなみに先生は女性)
    
    話は変わり、昨日、あるピアニストから、旧正月(1月29日)の年賀状が届いた。
    こういう年賀状が届くのもいいですね。
    その方の曲で私が一番気に入っている曲は、
    ウオルトディズニーのクラシックバージョン?
    のCDのジャケットの中にある、「愛の唄」。
    一時、この曲をとにかく聴いていたことを思い出す。
    私の友達が、ほんとうに飽きずにいる性格だよね~。
    と笑っていたけれど、確かにそう。
    
    このあいだ人と話をしていて、今話題の上映中の映画があっても、
    1度観たらもういいわ。
    というのではなく、また観たい。
    という映画があったらいいね。
    という話をしてくれたのだが、私も同感。
    先日の出張中、BSで、成瀬巳喜男監督の作品を2日間に渡り、
    仕事終わりの夜、ホテルで観た。
    昔の日本映画である。
    以前も同じ作品を映画館で観たことはあっても、やはり、また観たい。
    と思う作品だった。
    
    
    
    



旧正月 ・・2006/01/29
    
    今週半ばから北海道出張で、昨日の最終便で東京に戻って参りました。
    その間のメールの返信ができず、ご迷惑をおかけした方、
    失礼いたしました。
    
    今回も無事、北海道の仕事を皆様のおかげで、楽しく終えることができました。
    ありがとうございます。
    4月~の3ヶ月間、再びヒプノ講座がはじまります(札幌)。
    日程などの詳細は、近日中にTOPICSの欄にに載せます。
    東京(鎌倉?)での講座も、希望者がいらっしゃいますし、
    私も楽しい仕事ですので、なんとかします。
    
    今日から旧正月ですね。
    おめでとうございます。
    
    今年も楽しい1年にしていきましょう。
    
    



ギモン ・・2006/01/23
    
    昨日、和裁のお稽古の教室の新年会があり、
    日本料理屋「つきぢ田村」へ行きました。
    数々の季節料理おいしかったです。
    しかし、最後の甘味、「しるこ」が思った以上に美味しくて、
    帰り際、稽古仲間の一人と、みんながもう外に出たというのに、
    二人で、レジ前にある、店主が書かれた本や、
    お土産用のものも見ていましたら、田村店主がいらして、
    思わず、お汁粉おいしかったです。
    と伝えましたら、そうでしょう~、うちのは、塩が一切入っていないんですよ。
    と力説しておっしゃるので、私が、小豆を煮るときに最後に、
    ほんの少し塩を入れることで、甘みが増すのではないですか?
    と質問をさせていただきましたら、丁寧に答えていただき、
    小豆と砂糖の分量まで教えてくださいました。
    
    それにしても、料理のときにいただいた、お献立の表紙の絵が、
    三重県にある神社の夫婦岩の絵だったので、
    いったい、何の意味があるのか?
    などと、一人でどうでもいいことを考えていた自分がいて、
    今こうして書いているときに、どう
    して店主にせっかくお会いできましたのに、そのことを聞かなかったのか。
    などと思う(笑)。
    
    
    



講演会・・2006/01/21
    
    本日、森のイスキア主宰の佐藤初女さんの講演会に参りました。
    おむすびの祈り。など数々の本を出されている85歳の女性の方です。
    
    イスキアで宿泊した際に、お知り合いになりました方からの計らいで、
    チケットを用意してくださり、会場では、初女さんにもご挨拶ができました。
    この1年で、3回、初女さんとお会いできるとは思いもよらず、
    本当に感謝です。
    
    初女さん出演の映画「ガイシンフォニー」と、講演会。
    そうして、質疑応答でユニークで茶目っ気のある回答に、
    思わず笑ってしまいました。
    
    会場を出ようとしたとき、ある方から声をかけていただき、
    セッションをお受けくださった方でした。
    このようなところでお会いできるなんて!
    
    もうガイアの映画上映はいったい、何回観たのだろう。
    というくらいですが、それでも、やはりその時々によって、
    見ているところが違いますので、新鮮です。
    
    自宅に戻り、映画上映で梅干を作っているところが出ていて、
    初女さん自家製の「梅干」を食べたくなり、
    以前頂戴した梅干を、おむすびにして、いただきました。
    おいしくて、なんだかほっとしました。
    思いやりが詰まっているのです。
    
    今日の講演会の話でも、人参の皮を包丁で切るとき、
    ピューラーは使わず、また皮を厚く切ると、人参が痛いでしょう。
    という話をしていたとき、まるで自分が人参の立場になったら、
    包丁で自分の皮膚の皮を乱雑に扱われるようで、痛くて、コワイ。
    
    よって、食材が命だと思えば、その命を生かそうとするから、
    薄くて丁寧になる。
    という、いつも同じような話をしてくださるのですが、
    それでも話が新鮮なんですね。
    
    今回も新たに素敵な話も聞けました。
    自分の弱さも知って、受け入れているところが、とても素敵だなと感じました。
    
    
    
    



事件 ・・2006/01/18
    
    昨日、過去世の夢を見ました。夢の中で過去夢だと認識しているのです。
    場所はマチュピチュで、
    私がパーマンのように飛んでいる姿で幽体離脱をして(笑)、
    マチュピチュの遺跡を上から見ていて、
    文明が衰えていった様子を見ていた。
    そのあと、ものすごいスピードで、たどり着いたどこかの国は、
    ちょうど洪水に巻き込まれて家がどんどん浸水して、
    人々が死んでいくという姿を見ていて、もうこれ以上危ない。
    私のほうまで危ない。
    というところでなんとか最後の最後だけはくい止められたけれど、
    恐かった~という場面で眼が覚める。
    
    この様子をセッションを受けていただいた方に、そのまま伝えますと、
    ちょうど昨日の1月17日は、阪神大震災の日だということを教えてもらいました。
    なるほど~・・・。
    ちょうど昨年の日記帳のような、箇条書きメモには、
    あまりにも印象的な夢だけを、なぜか昨年書いていたのですが、
    読み返しても同じく1月17日に書いているのです。
    同じくこれにほぼ同じ気持ちになる感情の夢で、驚きです。
    私は震災の日は、家族で香港におりましたので、
    このときの香港からの日本のニュースに驚き、
    日本に電話しても繋がらなかったときを思い出します。
    
    そうしてさらに驚いたことに、家に戻りますと、
    自宅のトイレが水トラブルになり、洪水を思い出しました(笑)。
    
    
    



人生の在庫整理 ・・2006/01/14
    
    
    
    
    
    世の中には、というより、人生には、ふりかえったり、立ち止まったり、
    前を向いて歩いていくため、何かの目的などのために、
    捨てたり拾ったりしなければならない時期というのが、
    人間の人生の周期の中に訪れてくるものかもしれません。
    セラピーという仕事をしていると、いらしてくださる方が、
    ちょうど転換期に差し掛かり、セラピーなどをしていくことで、不必要な観念、
    こだわりから自由になり、新しい道へ歩き出す姿を拝見する機会もよくあります。
    どんどんイキイキと変わってくるのです。
    
    横尾忠則さんの「捨てるVS拾う」というタイトルの本がありますが、
    肯定的条件と、否定的条件として、捨てると拾うを分類しているのですが、
    おもしろいのは、「つぶあん」を肯定し、「こしあん」を捨てていることです。
    以前、それである方と論争したことがあり、
    編集者が中に入って収まったというくらい、
    譲れない「つぶあん」というのが、なかなか面白いです。 
    ほかにも、肯定的(拾う)なのが「愛」で否定的(捨てる)なのが「情」。
     拾うのが「過去」で、捨てるのが「未来」。
    拾うのが「自立」で捨てるのが、「依存」。
    拾うのが「未完成」で、捨てるのが「完成」などなど。
    
    自分のこれからの理想に向けて進むには、
    何が自分にこれから取り入れる必要があって、
    自分の中の何と決別しなければならないか。
    などと考えていけばいくほど、頭が難しくなるときは、
    こういった瞬発力を要するような一言で答えられるような投げかけをしてみて、
    それに対となって捨てるものを答えていくと、案外わかりやすいかもしれません。
    
    
    
    
    
    
    



見方・・2006/01/12
    
    
    久しぶりのコラムです。
    お正月も終わり、成人の日も終わり、今週から企業は、
    本格的な仕事モードですね。
    成人式の日、お外で、振袖を着ている人を見かけました。
    私の20歳の心境は、成人式には出たくない。
    という思いがあり、出ませんでした。
    大学の卒業式も、みんなが袴を着ても、私は袴を着ない。
    と、親に伝えました。
    何のためにかわからず、そうして、みんなが、
    何の疑問を持たずにいることのほうが不思議でした。
    
    しかし、母親が私サイズで誂えた振袖を購入しており、
    それなら成人式に出なくてもいいから、写真屋へ行って、
    振袖の姿だけは残してほしい。
    という希望で、渋々写した。
    そうして大学の卒業式は袴を着ないで、かといって、洋装もしたくはなく、
    成人式のときの振袖を着たい。
    と自分の意思を自ら伝え、振袖で卒業式に出た。
    少し渋い紫色の振袖。
    若さの色とは違う。
    また、大学のアルバム写真は、紺色の絞りの浴衣にした。
    
    以前、着物のスタイリストの方と知り合いで話をしていたとき、
    女優の樹木希林さんの着付けをするはずだったが、
    時間が慌しかったとき、彼女は自分で着付けをしていらした。
    というような話を聞いた。
    女優さんが自分で着付けして、怒らなかったの?
    と私は聞いたのですが、怒ることなく、そうして樹木さんは、
    とってもセンスが良い。
    という話が耳に残っていた。
    そのときは、まったくピンと来なかったのですが、
    先日雑誌で自分で着付けをした写真を拝見して、
    着物を着ておられる方ならわかるかと思うのですが、
    帯揚げを省略していて、他にも、しめつけるものが嫌いで、
    どんどん省いている着方でした。
    それでよし!
    としておられる。
    そうしてこのあいだ驚いたことに、人と会食するときに、
    帯締めを持ってくるのを忘れて、慌てて代用したもの。
    なんとそれが、ポットとかの電源を入れる、「コンセント」。
    このコンセントを、帯締めにしてしまったのです。
    同席した方からは、センスがいいですね、と言われた。
    と笑って答えておりましたが、コンセントのコードを、
    帯締めにしてしまうのって、なんだかすごすぎる。
    と思いました。
    
    
    
    



料理から哲学 ・・2006/01/07
    
    
    料理家の辰巳芳子さんも、私の好きな日本料理の料理家と同じく興味深い。
    二人とも、80過ぎの方なのだが、元気ですね。
    
    以前、彼女の「豚のお肉について」の文章を読んだことがある。
    正直私はお肉が苦手なのですが、彼女のお肉に関しての考え方は、
    魚と同じ、いや魚以外のすべての食材と同じものを感じました。
    食材を何一つ無駄にすることなく、調理するということに。
    しかも、わざわざスーパーで、生姜焼き用、ステーキ用、
    ○○用などで購入するのではなく、塊(かたまり)を購入する大事さを書いていた。
    そのとき、この方、信用できる。
    と年下の私で失礼ですが、思いました。
    そうして、その塊から、料理に応じて、厚さや部分など切り分けていくということ。
    どう考えても塊のほうが、お肉が安いに決まっているし、
    そのほかに関してのメリッ トもたくさんあるということを、
    まるで数学式に解いた文章で書いてありました。
    おまけに、私の家族は少ないから、塊を買っても無駄にしてしまう。
    という言い訳も、だったら、こうやって切り分けて冷凍すればいい。
    と、納得するように書いてあった。
    
    私の自宅近くのパテ屋さんのオーナーも、「かつおは皮がおいしい」
    という本を出されていて、みんなが残すようなところは、実は美味しい。
    ということが書いてあり、食材を余すことなく使うこと。
    同じく素材を熟知しておられる方なんですね。
    
    そう考えると、煮物を作ったときに余った煮汁を捨てずに、「おから」にしたりして、
    何事も余すことなく調理する先生は、お母さんなのかもしれない。
    と、以前、ある方とお話をしたことを思い出す。
    
    話は戻り、辰巳さんのお味噌汁の作り方が、私も味噌をとくよりも、
    漉すほうが美味しいので、そうしていたのですが、そんな甘いもんじゃなく、
    ちゃんとすり鉢で味噌を擦って、ダシを入れながら、また擦って、
    そのあとも裏ごしにして、舌が滑らかに、すっと入っていくようにしている手間です。
    まるで茶碗蒸しの作り方のよう。
    それを拝見していて、料理は愛情によって、味に差が出るでしょうが、
    たとえば美味しくなれ。
    だけではなく、やはり「手間」という愛情が加わってはじめて、美味しい料理になる。
    ということ。
    これは、祈りも同じで、相手のために実際に行動を起こす。
    ということで、すべてが繋がって同じなのです。
    
    愛情は手間をかけることが大事なんですね。
    でもかけすぎると、植物のように水をやりすぎて枯れてしまう(笑)。
    加減も大事だということでしょうか。
    
    大根の味噌汁という平凡な具でも、大根を切ったものを、ざるに入れて、
    2時間ほど風干しにして、それから、上記の味噌をすり鉢で擦って、
    そうして漉して、最後に食べる分量だけ、鍋に具材と、
    汁が別々になったものをいれて、煮え花を何より大事にする。
    という、きちんと手間をかけて作ることの大事さ。
    
    その平凡の積み重ねが、いつか非凡になる。
    と、最後におっしゃっていましたが、
    ほんとうに人生哲学のような大事な言葉です。
    
    
    
    



椿の花 ・・2006/01/04
    
    
    自宅に椿の白い花が咲きました。
    美しい。
    椿って、好きです。
    葉っぱも含めて好きです。
    しっかりした葉っぱは、おせち料理の間仕切りにも使いましたし、
    料理の油も、椿油を使おう。と思ったときにですが使いますし、
    髪の毛には、つげ櫛とは相性がいいようで、
    こちらは椿油を毎日使っています。
    椿は好きな花のひとつです。
    
    



本 ・・2006/01/03
    
    最近借りた本、「きょうの猫村さん」。最近ブームらしく、
    マンガなんですが、とっても面白い。
    私は小さい頃に、マンガ本が家に一冊もなかったけれど、良いものです。
    何か煮詰まったときに、スラスラっと読めて、気持ちが軽くなれるのって、
    気分転換にいいですね。
    読んだことない人はわかりませんが、
    ネコが家政婦なんですが(あり得ないですよね・・・笑)、
    働き者で、家族思いで、与えるだけの、無償の愛です(笑)。
    こんなユニークなキャラクターで出てきてもらえると、
    ネコが苦手な私でも、かわいく思え、身近にいてほしい頼もしい存在です。
    
    



初夢 ・・2006/01/02
    
    今年の初夢、3本立て。
    
    なぜか私の苦手なフリーフォールに乗って、上から、すとんと落ちる夢。
    でも落ちている瞬間、自分が思ったより、怖くないな。
    と思っているワタシ。
    
    それから、これがとってもリアルなのですが、まるで、もぐら叩きのように、
    あたり一面、あちこちから、にょきにょきと、
    白い蛇が天井に向かい伸びてきて、そうしてその蛇のぐるぐるが、
    白い竜の子になって、最後に、白い龍に変身。
    
    最後は私の尊敬する方が、ずるいから、結婚するんだよ。
    だからあなたは素直な人なんだ。
    と、とっても変なことを言って(爆笑)、気づけ。
    とアドバイスをしているような感じで、目を覚ます。
    
    ヒプノセラピーをしていると、
    夢解釈もだんだんと自分で出来るようになってくる。
    同じ無意識の答えだから。
    
    でも、自分自身のことはなかなかわかりずらかったり、
    自分で勝手に解釈をつけてしまいそう。
    そんな自分自身の勝手な解釈としては、
    1番目と3番目がリンクして、2番目が同時に進行しており、
    結論ということだろうか。 
    
    1番目の不必要な自我を捨てることができたような気が夢の中でしている。
    そうして、3番目で、良い人になりすぎると人生はうまくいかない。
    もっとかしこく立ち回れ。
    というメッセージだと受け止め、
    2番目の夢は、白い蛇が白い竜の子になり、白い龍になったのは、
    一種の成長の過程であり、変身しているのだけれども、
    すべて別々の生き物ではなく同じ。
    それにしても、あんなにもぐら叩きのように、
    にょきにょきと上にまっすぐに伸びていく生き物が、
    あたり一面にあって、グロテスクであったけれども、
    なんだか勝手に縁起が良いことにしよう。
    
    そんなわけで、この1年は、まっすぐに白蛇になり、
    白竜の子になり、白龍になるよう、
    いろいろな姿で成長していきたいとやっぱり思います。
    
    美しさって、少し殺気があったり、グロテスクだったり、
    勢いの中から出てくるものもあるような感じがします。
    
    神って優しい。というものだけじゃなく、やっぱり怖い。
    という気が、自分の体験からいっても、するんです。
    自然が神だとしても、自然だって優しい、癒されるなんて言っていますが、
    自然は厳しいです。北海道に住んでいた私が言うのですから。
    だから人々は自然を神として、共生していた太古の時代があった。
    というわけです。
    
    私の初夢は、こうであってほしい。
    というような自分の作り上げた理想から抜け出すことを教えてくれたともいえますね。
    
    どんどん、蛇と同じく、脱皮、脱皮。脱皮せずして成長なし。
    
    
    
    



虚構の自分を抜け出せ!・・2006/01/02
    タイトル、男っぽいですね(爆笑)
    新年早々、といいましても、旧暦の正月は今年は1月29日。
    旧暦を大事にして日常生活を送っているのは、沖縄なのでは?
    と沖縄で仕事をしたとき、そう思いました。
    
    さて今から3週間くらい前、外国に住んでいる日本人のドクターが、
    送ってくれたフラワーエッセンス。
    彼女は以前も毎回違うものをプレゼントしてくれるのですが、
    今回も1本送ってくれました。
    見たことのない、そのエッセンスを、なぜかそのままにしていたのですが、
    年末になり、服用しようと意味を調べてみると、
    
    意味を簡単に書きますが、
    「その人のゴール(目的)を達成することへの抵抗を克服します。」
    「成長、変容を促進します。常習のパターンを破ります。共依存に。」
    などなど・・・書かれてありました。
    
    そうして翌日、セッションを受けてくださった方が、
    ばっちり当てはまるように感じ、お話をしてお勧めしました。
    
    もちろん私もこのエッセンスを、
    まさに、昨年末から今の自分が取り組むべき課題。
    というような気がしたのです。
    
    自分自身を明確にする。ということに。
    
    よく、目標を明確に、とか、夢を明確に。
    って言いますが、私の場合は、その前に、自分自身を明確にする。
    ということなんです。
    って意味がわからないですよね?
    
    今まで自分自身を見えにくくすることには長けていた自分であったことで、
    守ってきたであろうものが、役に立つどころか、負の代価を支払っていた。
    ということを、理解して受け入れたときの発見。
    何よりのこれからの成長であるような気もします。
    
    このあいだNHKの番組で書家の人が、アメリカで絶望の時に書いた作品。
    いかにもそのときの墨の様子から、
    生々しいほどの絶望が声になって聞こえてきそうな作品でした。
    クローズアップしてみると、おまえは誰だ。
    おまえは誰だ。
    などと書いてあったのがわかったのですが、すごい追い込む人なんだな~、
    芸術家というものは・・・。
    などと思いながら観ていました。
    でも、それがなかったら、今の作品に出会えなかった。
    とお話していましたね。
    
    じゃあ、私は何者だ?私は誰だ?
    と繰り返していくとなんだか切なくなってしまうほどですが(笑)、
    「何者でもない。」
    という以前友人と話をしていたときの言葉を思い出し、落ち着きました。
    
    このほうが強いんですね。
    
    何者でもない自分ということは、自分という存在をしっかりと受け止めている。
    ということであり、見えにくくしてきたであろう自分では、
    決して出てこない言葉です。
    
    私はここにいる。私は生きている。
    
    フラワーエッセンスのメッセージから教えてもらったことは、
    決して共依存では、自分の存在を見出したつもりでも、
    それはするっと抜けてしまう一時的なものであり、
    その関係からは自己実現は難しいということ。
    そして色々な方のセッションをしてきて、解放してきたときなどによく起きることは、
    自分自身が、何かにしがみつかなくてもいいんだ。
    ということを知ったとき。
    それは深い自分自身へと繋がり、自分を信頼できるようになったとき。
    と言えるかもしれません。
    また、心の病いから作ってしまった共依存の人間関係。
    たとえば、私がすべて悪いという思いだったり、こうしないと人に好かれない、
    認めてもらえないなど・・・。
    必ずそういう人には、相手が、当然加害者であり、助けてやった。
    という、一見、ひとりの依存だけの問題だと思いますが、
    そうではなく、共依存で成立している関係。
    という、深いところまで行き着き、理解したとき、そ
    こから自分自身を見出していける人から、その関係を断ち切り、
    新しい道に成長します。
    まだ役に立っているうちは、その関係から抜け出せませんが、
    セラピーをしたり、自分自身の内面が強く成長していくと、
    虚構の自分が抜け出し、歩きだせるようになります。
    
    今年もどんなセッションの方がいらしてくださるのか、仕事がんばります!
    
    私の今年は、竹のようにまっすぐに成長していきます。
    
    
    



賀正・・2006/01/02
    
    あけましておめでとうございます。
    今年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
    
    元旦は、着物を着ました。
    おせち料理を作り、まだ食べきれていませんが、野菜の食材の余りと、
    しいたけを戻したときのだし汁も残してあったので、それを使い、
    和風カレーに変身しました。
    
    今年の抱負は・・・。
    
    具体的にないな~と考えましたが、
    今、「飛躍」という言葉が浮かびましたので、そうします(笑)。
    
    皆様の今年はいかがでしょうか。
    
    アンテナを立てて、今年も1年、目標を決めて、しっかりと生きていきましょう。
    
    今年もセッション、講座などでお会いできますこと、楽しみにいたしております。
    今年もよろしくお願い申し上げます。
    
    



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